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2015年12月31日木曜日

『君の成功を祈る 俺らはそう願っている 才能あるやつにはチャンスも公平に』

42~世界を変えた男~
42~世界を変えた男~HPより













人種差別も障害者への差別も

出来ればない世の中の方が良い





それを言葉にしている私こそ障害者
人種差別にも全く鈍感だった私が人種差別も障害者への差別も特に心に響いたのがこの言葉『君の成功を祈る  俺らはそう願っている 才能ある奴にはチャンスも公平に』


への特別な想いを言葉にしてしまう、
からこそ障害者への差別を助長して
いるのかもしれないという恐怖と戦い
ながら、あえてそれを言葉にする事を
選んだ。

この映画で不覚にも泣いてしまった

自分とは異なる物への畏敬の念から
来るものではないかと同調する部分が
多くあった。





これが大人であればこの言葉の通りで
問題ないとは思います。
しかし、才能があるかどうかすら、まだ
誰も分からない、障害を持った子供で
あればなおさらチャンスも公平であって
欲しいと思います。

子供の障害を理由に何かをする事を
諦めてしまった事もある。

しかし最近それでは駄目だと、そう思う
事を言葉にしていこう

そう思えるようになり、こうして思った事
を出来るだけメモにとり、その事をきちん
と伝えていきます。


何もしない後悔するより
何かやって後悔した方が良い

信じ続ければ何かが変わる

そう信じて障害を持つ親の気持ちを
言葉に表し続けてみようと思います。

















2015年12月7日月曜日

コーチを一瞬で変えた、難聴の野球少年のある一言

フリー写真素材ぱくたそ
フリー写真素材ぱくたそ





















「パパ、だいじょうぶだよ。

 ぼくはいいっぱい

 たくさんがんばるから。」








その言葉を背中越しに聴いたコーチは、
ミットを思いっきり叩き、



「パシーン!」


と、そこらじゅうに響き渡るほどの大き
な音を鳴らした。











2015年11月12日木曜日

初打席から、人生初ホームランまでの1248日の軌跡。

フリー写真素材ぱくたそ

















「ぼくも、ホームランをうちたい」





プロ野球選手のホームランを見て、少年
はそう言った。






初めての打席は「見逃し三振」

打席で何も出来なかった。

「なんでバットを振らないの?」と周囲
から言われ、頬を涙が伝った。



‘打席ではバットを振らなきゃ当たらない’

この事を覚えた。




「見逃し三振」のあの日から、まずは一日
50スイングを目標に素振りした。

バッティングティーと呼ばれる野球道具で
ボールにバットを当てる練習を繰り返した。


バットにボールではなくボールにバット
を当てる事から始めた


静止したティーボールにまずはバットを
当てる。止まっているのに当たらない。

「ボールを良く見て。」と声をかける。

何度も何度もボールにバットを当てる。
静止したボールにバットが当たるように
なれば、次は動いたボールを当てる。

ボールにバットを当てるから
バットにボールを当てるへ

下からトスしたボールを当てるだけ。
「ボールを良く見れば当たるよ。」

止ったボールも動いたボールだろうとも、
少年にかける言葉は全く一緒

とにかくボールを良く見る




バットにボールが当たるようになってから
自信も持って立った打席

自信を持ってフルスイング

見事な「空振り三振」


周囲からは「ナイススイング」の声


見逃し三振から空振り三振へ
見事な成長を見せたが、それでも
少年の頬を涙が伝った。

もっとバットを振らなければダメだ
一日50スイングの目標を100に
変えた。

すると体に変化が現れた。
手の皮がむけた。これ以上振ると
痛いといい休む日もあった。


それでもバットを振り続けた。

そして更に自信をつけ立った打席

初めてバットにボールが当たった。
ファールチップだったけどバットに
当たった。


バットに当たるようになったボールが
後ろではなく前にも飛ぶようになった。

そして打ったボールが内野を転がり
内野ゴロを打てるようになった。


「バットを振り切れば内野の間を抜け
ていく打球を打てるようになるぞ。」
という言葉を信じて更にバットを振り
続けた。

そうして、ようやく生まれた初ヒット!
初めて打席に立ってから半年が経過
していた。


今度は外野までダイレクトで飛ばしたい
バットの長さも初めて買ってもらった
68センチのバットから2センチ長いバット
に変えた。

外野フライも打てるようになった。

しかし外野の頭を越える事はなかった。

スイングの鋭いチームメイトが
一日300スイングの素振りをしている
と聞き、1日100スイングから300に
変えた。


手のひらの事は何も言わなくなった


このころからスイングスピードを上げる
事とバットを出す位置・タイミングも気に
するようになってきた。

それでも打てないホームラン


チームメイトが毎日3キロのランニングを
して足腰を鍛えていると聞き、走る事を
日課に加えた。

バットに振り回されたいた頃に比べ、
今では自信を持ってバットを振れる様
になった。


昔使っていた68センチのバットを久しぶり
に握ってスイングをしたら
「僕はこんなにも軽いバットを振っていた
のか?」という事に気付いた。


そうして自信を持って立った打席

まさに打った瞬間入ったなという
会心の一撃だった。

人生初のホームラン


ここまでにかかった1248日間




小学生がホームランと聞いて

「どうせランニングホームランでしょ?」
とほとんどの人がそう言う。

しかし紛れもなくノーバウンドで届いた
ホームラン!!

確かに野球場ではなく小学校の校庭で
行われる学童野球でしょ?とほとんどの
人は言うかもしれない。


しかし

それでも

その少年には確かな自信がついた。








その野球少年が試合後、興奮気味に
僕にこう言った。






「パパ、ぼくはホウムラン

(ホームラン)うつって
 
いったでしょ!」





周りからどんなにダメだと思われようと
本人は絶対に打つと思い続けた結果

結果が出るまで信じて続ける事を
その少年から、またひとつ教わった
ような気がした。




そんなホームランを打った野球少年に、
もしひとつだけアドバイス出来るなら




「ホームランを打つには

ストライクにボールを投げてくれた

投手のおかげだと言う事を忘れては

ならない」



という事ぐらいしか言えない。



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2015年10月28日水曜日

難聴の野球少年が、どうしてもキャッチャーをやりたかった3つの理由

キャッチャーミット


















ベンチの指示も届かない
味方選手の声も届かない
審判のコールも分からない

自分から指示も出せない

味方選手への声も出さない

それでも、難聴の野球少年が

どうしてもキャッチャー(捕手)を
やりたかった3つの理由


①審判のコールが一番近くで聴ける。

「アウト」「セーフ」
「ストライク」「ボール」
審判の様々な判定コール

補聴器(人工内耳)だけでは、

野球の試合中は、聞き取りが困難な場面
はたくさんある。

だから、せめて主審から一番近い場所に

いるポジションで、主審の声が一番近い
場所で聴けるポジション

それがキャッチャー(捕手)




②味方選手の口元が唯一見渡せる場所


せめて、声が聴こえなくても、味方選手

が声を出しているかどうかは、口が動い
ているかどうかで判断できる。

味方野手の顔が見渡せるポジション


それがキャッチャー(捕手)




③味方選手が自分の顔も見えて一番
注目してもらえる唯一のポジション

難聴の野球少年にとって、話し相手同士

きちんと相手の顔をみて話す事は、一番
安心するらしい。そんな状態が常に保て
ている唯一のポジション。

自分も何か言いたい時、相手も自分をみ

てくれている状態は話やすいらしい。

難聴の野球少年にとって、チームメイト

とのコミュニケーションがとりやすいベ
ストポジション

それがキャッチャー(捕手)




以前、マウンドにあがらせてもらった時

こんな事があった。

一塁ランナーがリード大きく、一塁手が

大きな声で「一塁へ投げろ!はやくー」
と一生懸命言ってる声がマウンドに届か
なかったため楽々二塁への盗塁を許す。

「なんで投げねーんだよ。」


と後から言われても、何故そう言われる

のかは理解出来ていない。
自分が聴こえないせいで、チームメイトに
迷惑をかけてしまったという事だけは理
解出来た様子で落ち込んでしまった事も
あった。


背中越しに何か言われても、聴こえない

事はよくあった。

だけどキャッチャー(捕手)だけは、常に

味方の顔を見る事が出来るポジション



難聴の野球少年が、

どうしてもキャッチャーを
やりたかった3つの理由











その難聴の野球少年に一度だけ


「どうしてキャッチャーがいいの?」


と聞いてみた。








すると不思議そうな顔をしてこう答える。







「パパはいつもしょうがっこうの

 グラウウンドでも、

 ぼくにもわかるようにはなしてくれて

 るでしょ

 ぼくもパパがいうことはわかっているよ


 だからなんでそんなこときくの?




 きかなくてもわかるんでしょー




 へぇー


 もしかしてしらなかったのー


 そーなんだー」


とおどけた表情を見せた。









私自身「先天性難聴」と出会い

どうして良いのかわからない日々を
過ごす中、どうしたら良いのかを考え
色々な人にアドバイスをもらいながら、
なんとかここまでやってきた。

自分自身、難聴の人に対する対応が

これで良いのか?今も試行錯誤しな
がら、何とかやっている。


ただ一番大事な事は


お互いが理解し合う気持ち


信頼関係を築こうとするその気持ち

がまずは必要なんだなぁと思う。

今、自分が経験させてもらっている

この貴重な体験をありがたいと思い

これからも難聴の野球少年から

たくさんの事を学ばさせてもらいたい
と思う。



障害者と人生を楽しむ生涯者として




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2015年10月22日木曜日

難聴の野球少年が見せた〝奇跡のバックフォーム〟

奇跡のバックホーム




























〝奇跡のバックホーム〟

と言えば1996年8月21日
夏の甲子園決勝で起きた熊工の
奇跡のバックホームが有名ですが…


ここはただの小学校のグランド

毎週末、全国どこにでもある小学校の
校庭で行われている学童野球で、低学年
で実際、目にした光景です。

一死ランナー二塁
一打出れば同点の場面

打球はセンターを守る難聴の野球少年の
前へポトリと落ちる。

ワンバウンドで打球処理

ベンチからは「バックセカンドー」の指示


何故なら、小学校低学年の肩で、
本塁までは届かない。
当然この場面でも、処理した打球は、
セカンドへ返されるはずだった。

しかしそのセンターの少年だけは違った。

目指したのはセカンドへの返球ではなく
バックホーム!!

全員が目を疑うような矢のような返球

見事なバックホーム!!


思わず二塁ランナーの相手選手も、

なんでキャッチャーがボールを持ってるの
と不思議そうな顔をした

本塁で見事なタッチアウト



一瞬その場の空気が止まった

ような気がした。


球審の「アウト―」のコールで
その場にいた全員が我に返る

「あれはしょうがないよ。」とうなだれて
ベンチに戻る二塁ランナーの少年の肩
をたたく。


それまでも、何度も周囲の声が届かなく
「バックセカンドー」の声が聴こえなく

誰もいないホームベースの上を白い
ボールが転々と転がっていった。

「あいつには言ったって無駄だよ。」

「どうせ聴こえないんだから。」

その難聴の野球少年には届かなかった
周囲の声を、その難聴の野球少年の
周囲の人はみんな聞いていた。




思えば三年前、青い色の補聴器をつけた
プロ野球選手がプロ野球のマウンドに立
っているのを観たその子が

「ぼくとおんなじひとだね。」

と言って「やきゅう」という言葉に興味を
持った。

初めて近所の少年野球チームの体験入部
に参加してみた。

その少年野球チームのほとんどの野球少
年は、補聴器を不思議そうに眺めていた。

何人かのコーチからも
「打球音が聴こえないとフライは
捕れないぞ。」と最初から諦められた。

そんな中、一人のコーチが
「打球音が聴こえなければバッターの打
つ瞬間をずーっとよーく見ていれば、ち
ゃんと捕れるようになるよ。」と声をかけて
くれた。

何度も何度も彼のグローブめがけて
フライを彼のグローブへ入れ続けた。

しかしほとんどの少年は最初からフライ
を捕れる訳ではない。
打球音が聞こえる野球少年でさえ難しい。

それでもこうすれば捕れるよと信じて
何度も何度もグローブにフライを入れ
続けて、成功体験を積み重ねて自信
をつけさせてくれたコーチ。

グローブにコーチが打ったフライが
入ったら、「よーし捕れるじゃないか。」
と少年に笑顔で微笑んでくれたコーチ。


「フライを捕ったら、次はボールを返す
んだよ。」と教えてくれた。

最終的に、フライより難しかったのは
バウンドした打球の処理だった。

少年野球に触れた事がある人なら、
よく分かると思うが、バウンドした打球
捕らせるのは、フライを捕らせるより
難しい。

何度も何度も少年の頭の上を白球が
越えて行った。

それでも少年に合わせてバウンドボール
を打ち続けてくれたコーチ

その少年のグローブにボールを入れ続けて
くれたから起きた


〝奇跡のバックホーム〟


そうか奇跡って甲子園とかたくさんの
人達が見てる前で起こるものだと思っ
ていたけど、こんな街の小さなグランド
でも起こるんだなぁって初めて、その
難聴の野球少年が教えてくれた。

奇跡のような出来事を信じ続けて
いれば、どんな小さな舞台でも起こる
んだ。

道理で僕の人生には奇跡が起こら
なかったんだと初めて思った。



その難聴の野球少年が試合後
僕にこう言った。




「パパ、僕すごいかったでしょう。」




思わず胸が熱くなり

「すごかったよ。」

の一言を返すので精一杯だった。




(すごいかったじゃなくて
すごかったでしょという事は
家に帰った教えてあげなきゃ)





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